コラム

用語集を作成するに当たっての注意事項とは

2024年8月7日

翻訳会社に翻訳を依頼するに当たり、「一部の用語についてはあらかじめ訳語を決めておきたい」ということはないでしょうか。
そういったときに便利なのが、「用語集」です。

実際、翻訳対象の文書に社内独自の用語や固有名詞が多数含まれている場合、お客様から当社に対して用語集を支給いただくことも珍しくありません。

しかし、用語集を作成するに当たっては、事前に知っておくべきポイントがあります。

この記事では、
翻訳を依頼するに当たって用語集を作成したいと思っているが、何に注意すれば良いか分からない
という方に向けて、用語集を作成する際の注意点をお伝えします。


用語集の定義と作成するメリット

まず、用語集とはどのようなものかを知りたい、という方のために、用語集の定義と、用語集作成のメリットをご説明します。

そもそも、翻訳における用語集とは何でしょうか。
日本翻訳連盟のHPを参照すると、

用語の統一や翻訳の効率化を図るために、翻訳対象の専門用語や特別な用語など、一般的でない用語の意味、訳語、定義、メモをセットにして記載されたもののことである。

引用元:一般社団法人翻訳連盟, 翻訳用語解説, 2024年7月31日最終アクセス
翻訳用語解説 | JTF日本翻訳連盟

と定義されています。

「用語の統一や翻訳の効率化を図るため」という記載があることから分かるように、用語集を作成することによって得られるお客様のメリットのひとつとして、訳語が統一されることにより、読者にとって読みやすい訳文ができることが挙げられます。

例えば、Cutting machineという単語があったとして、最初に出てきたときは「カッティングマシーン」と訳されていたのに、次に出てきたときは「裁断機」と訳されていたら、同じものを指しているのにその都度違う訳語が出てくることになります。

同じものを複数の言い方で表現されると、読み手は非常に混乱し、ストレスを感じます。用語集を用意し、それに準拠して翻訳することで統一感のある文書を作成することができるのです。

用語集作成で大切なこと:文脈に影響されない用語を記載する
訳語を統一するのに用語集が便利である一方、あらゆる単語や表現をなんでも好きに記載していいのか、と言われると、決してそうではありません。

用語集に記載するのに向いていない用語もあるため、作成に当たっては、向いている用語に限定することが翻訳品質を保つためには必須となります。
では、用語集に記載するのに向いている用語とは何でしょうか?

それは、社内用語や固有名詞など、あらゆる文脈で意味が同じになる用語です。
逆に言えば、文脈によって意味が変わってしまうような用語は、用語集には向いていないと言えます。

〇用語集に向いている  ×用語集に向いていない
どの文脈でも意味が同じになるもの
例:固有名詞(社名や商品名等)
 文脈によって意味が変わるもの
例:一般名詞

例えば、日本語から英語に翻訳する際の用語集で、稼働という用語を Operationと定義してあったとします。
機械関連の文書ではよく出てくる「稼働」という単語ですが、「機械が動くこと」を指しているのであれば、Operationという訳で問題ありません。

ただ、「稼働」という日本語がカバーする意味の範囲は広く、「機械が動くこと」以外の意味もあります。

代表的な例で言うと、機械だけでなく、人間が働くことを指して「稼働」ということもありますし、「マンションの稼働率」と言えば、機械とか人間の問題ではなく、マンションにどの程度の入居があったのかを示していますね。

人間が稼働する、と言いたい場合はWorkのほうが自然ですし、マンションの稼働率であればOccupancy rate等が適切と思われます。(あくまで文脈によります)

このように、文脈によって言葉の意味は大きく異なるため、用語集で定義されている訳語が、実際の文脈に全くそぐわなくなってしまうばかりか、用語集に従うことでかえって誤りを増やしてしまう、ということが実際に起こりうるのです。

この例は、説明しやすいよう、かなり大げさなものを敢えて取り上げました。そのため、「たとえ稼働という用語を Operationと定義してあったとしても、マンションの稼働率を”Operation”としてしまうのはあまりに杓子定規ではないか?」と思われるかもしれません。

おっしゃる通りで、実際に「いくらなんでもこれは文脈に合わない」と判断した翻訳者が用語集にとらわれず柔軟に訳して、お客様には納品時に申し送りをする、という場合もあります。(ただ、あくまでお客様のご要望が第一ですので、決まった対応方法があるわけではありません。)
ただ、実際にはかなり難しい判断をせざるを得ない場合もあります。例えば、日本語の「稼働試験」という表現は、直訳すればOperation test となり、用語集の訳であるOperationも使えていることから、問題ないように見えます。

その一方で、あくまで文脈から判断することは前提として、「稼働試験」を訳すのにはBurn in という表現が適切な場合もあります。内容的にはBurn in のほうが適切なように思われても、Burn in だと用語集の訳であるOperationが含まれていないので、文脈を多少無視してでもOperation test とせざるを得ないのではないか、というジレンマが発生することがあるのです。

決して「用語集に従うこと」が翻訳の目的ではなく、「読者に原文の内容を過不足なく伝える」ことが翻訳において最も大切であると言えます。そのため、過度に用語集にとらわれることなく、自然に訳すのが理想だとは思いますが、やはりそこはお客様のご要望次第です。お客様によっては、社内のご事情等で厳格に用語の対訳が定められている場合もあり、そういったお客様の社内事情も最大限踏まえて翻訳をするのも翻訳会社の役割のひとつですので、内容と用語集のどちらを優先すべきか、という問題は簡単ではありません。

統一性、文脈、お客様のご要望といった複数の要素を考慮しつつも、なんとか「お客様にとって最善の翻訳」をするため、できる限り指定用語を使おうと努力した結果、不自然な訳文が出来上がってしまう、といった事態は起こりうるのです。
そのため、用語集を作成するに当たっては、記載したい用語が用語集に向いているかどうか、今一度吟味することが理想であると言えます。

まとめ
以上、用語集を作成するに当たっての注意事項をご説明いたしました。

まとめると、用語集が起因となる品質の低下を防ぐためには、社内用語や固有名詞など、どの文脈でも意味が変わらない単語のみ掲載していただくか、用語と一緒に、その用語が登場する文脈を示していただく、ということが理想的であるということです。

しかし、これらはあくまで「理想」となります。現実問題として、用語集を作ることにそこまで労力を割けないため、両方とも難しい場合がほとんどだと思われます。その場合、特にお客様からのご指示がない場合、当社では、以下の方針を基本スタンスとし、品質とご要望を両立できるよう対応いたしております。
・前提として、お客様からご提供いただいた用語集に準拠するよう最大限努める
・そのうえで、もし翻訳をする中で用語集で定められた訳が文脈にそぐわないと翻訳者が判断した場合、用語集以外の、最適と思われる訳語を使用する

もちろん、
「用語集はあるが、あくまで参考程度で、厳密に翻訳に反映しなくてもよい」
「複数ある翻訳対象のうち、一部だけは用語集を反映してほしい」
などなど、お客様のご事情によって様々なご要望があるかと思います。事前にご相談いただければ、状況に応じて可能な限り柔軟に対応いたしますので、何か用語集に関して不明点等がある場合は、営業担当者までご遠慮なくお問い合わせいただければと思います。
お問い合わせは、こちらのフォームからいつでも受け付けております。

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